コンピュータの履歴書


小学生の頃

兄がMSXを買った影響で、始めてパソコンに触れる。ナショナルの通称キングコングというマシン(型番:CF2000、\54800)で、メモリ16kB、FDDなんか無い。MSX-BASICで雑誌に載っているプログラムを打ち込んで遊ぶ。最初は外部記憶装置がなかったため、せっかく打ち込んだプログラムも電源を切ったら消えてしまう。しばらくして、カセットテープレコーダと接続するケーブルを購入し、カセットテープに保存できるようになる。その後数年の間に、増設メモリ16kB、FDD、FM音源と次々とパワーアップしていった。そのころの私の使い方は、専らビープでDTM。お下がりマシンのビープ音源で歌謡曲の楽譜など打ち込んで楽しんでいた。このころから、コンピュータで音楽を作りたいと思うようになる。

中学3年

このころ、家にはまだMSXしかなかったが、夏休みに兄が高校からパソコン(EPSONの286マシン)一式(でもHDDはナシ)を借りてきたため、約1ヶ月間本物のパソコンに触れることができた。私はこのときに、アートディンクのゲーム「A列車で行こう3」に猛ハマリ。夜も寝ずに昼もやり続け独占状態だった。ファミコンのゲームになんかない奥の深さや、パソコン画面の綺麗さにひかれた。
休みが終わり、兄がパソコンを返した後でも、「A列車3」を友人の家に持ち込み、ゲームをさせてもらっていた。私のパソコン購入のきっかけとも言えるソフトである。

 

高専1年

高専に入学してしばらくして、自分でパソコンを購入した。もちろん地元EPSONのマシン、PC-386GEである。386SX-16MHz、メモリ1.6MB、HDDなんかない。しかし、かねてからやりたかったDTMのために、大奮発してMIDI音源ミュー次郎300(ローランド、約6万円)を購入。総額30万円ほどの買い物であった。初めての自分専用のマシンである。「A列車3」は死ぬほどやった。わたしが師と仰ぐのっくさんにたくさんソフトをもらった(違法)。友人の二号が最新の486マシン(PC-486GF、486SX-16MHz)を購入。早くも悲しく。
夏休みに上京、颯爽と秋葉原デビューを飾る。買ったのは、386GE内蔵用3.5インチFDD(約2万)。
高専入学と同時に購入させられたポケコン(CASIO FX-870P)とパソコンを接続するためのインタフェースを作成。ついでにポケコンにメモリを32kB増設(約500円)。

高専2年

386マシンは既に型遅れ。のっくさんや当時の愛読書「バックアップ活用テクニック」(通称バッ活、現「ゲームラボ」今もあるかは不明)に触発され、クロックアップなんぞしてみる。16MHzから20MHzにクロックアップ成功。二号の486マシンも無理矢理クロックアップしてあげる。市内の電子パーツ屋でクロックオシレータを買ってきて、CPUボードのと交換するという作業。ハンダ付けのプロの私にはたやすいこと。
その前に、作業の練習として高専のAVC室から、EPSON PC-386MのCPUボードを勝手に借りてきて(違法)、オシレータ換装の練習をした。元通りに返しておいたが、ちゃんと動いたかは不明。
HDDを購入。240MBで約6万。メモリを中古で4MBほど購入(約1万5千)。
その後、クロックアップ後の速度にも不満が募っていたとき、パソコン雑誌「ざべ」で、Cyrixの386ピン互換CPU CX486SLC/2単体での通販をしてくれる業者が紹介されていた。思わず購入(約2万)。基板に直付けのCPUをはんだごてのみで換装。もはや伝説か。おかげでマシンの寿命が1年延びた。のっくさんの386VRのも一緒に買ったがうまくいかなかったようだった。でも、わたしが診たら動くようになった。さすがおれ。

 

高専3年

寮を出てアパート暮らしを始めた関係で、電話を引きモデムを購入。パソコン通信を始める。MIDIデータ落としまくったりする。

高専4年

夏にDOS/Vマシンに手を出す。ツートップのショップブランドを購入。pentium90、メモリ8M、HDD540MBでwin3.1をつかう。しばらくしてwin95が発売になる。発売日にパソコン屋に並びテレビに映る。でもWinは買ってなかったり。友人から回ってきてからインストール。
Niftyの掲示板でビデオキャプチャカード(canopus PowerCapturePCI 約5万、いまだに売っている現行機種)を購入。あのころは金あった。

 

高専5年

再インストールを繰り返すため、結局いまさらWin95を購入。あのころCD-Rがあればよかったのに・・・。
卒研でPC-386EG改大活躍。Cで画像処理ソフトをつくる。
Libretto20を購入。その後の大ヒットを見る限り、正しい選択であった。しかしさすがにHDD270MBでWin95は厳しく、当時主流の12.5mm厚のHDDと換装。裏ブタ切り等の情報はNiftyを利用した。
卒研の先生のパソコンをPentiumPro180MHzで作成。あまり賢い選択ではなかったようだ。でも、おかげでタダで秋葉原に行けた。しかも特急(当時)「あさま」で。そのとき格安でPDドライブを購入。

 

大学3年

友人3人のパソコンを作成。最初はK6-2-200MHzでCD-Rまで買わせた。CD-Rはおれが使うためで、おかげで結構助かった。2台目はバイトの友達で、6x86なんか使ったかな?やっぱりCD-Rも買ってもらう。SCSIのHDDを買ったような気がするぞ。EPSONのスキャナも買ったっけ?3台目もバイトの友達で、K6-2とEPOCのマザー、MVP3なので今でも十分現役。

 

大学4年

卒研で速いWindowsマシンを使いたかったので、自分のマシンを3年ぶりに組む。使えるパーツは流用したけど、マザーやメモリ、ビデオカードなどを購入。研究室ではLibrettoで論文を書く。おかげで卒研も無事終了。
新しいノートパソコンが欲しくなる。巷では売王なるマシンが流行っていたが、買うなら東芝と決めていたため、DynaBookSS3010(Pentium266)あたりを買おうと決意するも金がない。実務訓練先でDynaBookSS3020を使っていた人がいていじらせてもらう。早く買いたいよう。

 

修士1年

家にしまってあった「うんず」を復活させる。うんずの中にAT互換機を入れる。現在はLinuxでファイルサーバになっている。mp3落としにはまる。夜な夜な研究室で落としまくり。
やっとノートパソコンDynaBookSS3330を購入。毎日12時間以上働く現在のメインマシン。先日メモリを増設。市内にパソコン屋が乱立する。近くにZOAができたのでめっきり大須に行かなくなった。

 

社会人2年目

結婚を機に会社の寮から賃貸マンションに引っ越したので、ADSLを引いて自宅サーバを構築。サイトを自宅サーバに移転し運用を始める。

 

現在に至る


 


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